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柿内賢信記念賞選考委員会
委員長: | 水島希 |
委員: | 内田麻理香、神里達博、呉羽真、坂田文彦、東島仁、渡部麻衣子(五十音順) |
2024年度は、8月31日を期限として公募を行い、選考委員会での厳正な審査の結果、次の通り授賞を決定いたしました。
選考委員会による選評など詳細は科学技術社会論学会ホームページをご覧ください。
2005年に創設された柿内賢信記念賞は、今回で20年目を迎えました。初めの10年間は、現在の奨励賞・実践賞に加え、記念賞、学会賞、優秀賞と数年おきに異なる名称で賞が授与されてきましたが、2016年に特別賞が新設されてからは、奨励・実践・特別賞という現行の3つの枠で公募を行ない、昨年までに60名を超える個人・団体に賞が授与されています。途中、2011年3月の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故、さらに2020年からはコロナ禍という、社会における科学技術のあり方について考えざるを得ない世界規模の災害が発生し、現在もその影響が続いています。こうした厳しい状況の中で、一度も中断することなく本賞を継続できたのは、歩みを止めずに研究や実践を続けてこられた方々の存在あってこそです。深く敬意を表するとともに、本賞へのご応募や推薦、広報、運営といったさまざまな形でご参加・ご支援くださっている皆様に、心より感謝申し上げます。
本年度の柿内賢信記念賞は、コロナ禍を契機にスタートした公募・審査の完全オンライン化を継続し、広報もオンラインのみで行いました。2020年度以降は応募書類への押印も廃止され、応募のハードルは劇的に下がっています。また広報に関しては、各種学協会のメーリングリストや個別のSNS等を用いることで宣伝範囲を拡大しました。
その結果、今年は17件の応募をいただきました。ご推薦、ご応募いただいた皆様には、本賞に期待を寄せていただき、心より感謝申し上げます。応募数としては例年とほぼ同じ数となりましたが、今年は特に、倫理学、歴史学、文化人類学、社会学、情報学、法学、フェミニストSTS、あるいはこれらの融合分野といった、幅広い領域・アプローチからのご提案を、若手研究者から多くいただきました。
本賞の趣旨に基づく厳正な審査の結果、特別賞1件、奨励賞2件、実践賞1件を決定しました。特別賞は、年々深刻かつ複雑になっていく環境問題に関するご研究が、今まさに必要なものとして高く評価されました。奨励賞、実践賞は、それぞれこれまでの実績をもとに独創的な視点で課題に取り組もうとされている点が高く評価されました。いずれも、今後の日本における科学技術社会論の議論を深めて下さるという期待を持って決定いたしました。
今回、残念ながら選外となったご提案の中にも、高い水準の研究・実践や興味深いテーマが多く含まれており、審査委員会でも難しい判断を要しました。こうした皆様にはぜひ内容を磨き上げ、次年度に再度ご応募いただきたく思います。本賞は、研究と実践の両面から、科学技術と社会のより良い関係を模索する科学技術社会論の発展を、さらに先へと後押しすることを目指しています。20周年を迎える本年を経て、この歩みを次の20年へと進めるため、今後も多くの皆様からのご提案を期待しています。
鬼頭秀一氏は、日本における環境倫理学の第一人者として広く知られています。しかし鬼頭氏のこれまでの研究領域は狭義の倫理学とは異なり、当初より哲学・歴史学・地域社会学・文化人類学・生態学といった学問分野を包含しながら、「自然/人間」に象徴される近代科学の二項対立や人間中心主義を超えることを目指し、「かかわり」を軸とした多元的で新しい「環境倫理学」を築き上げるというものです。これは、近年注目されている世界的な思潮でもある人新世やマルチスピーシーズ民族誌といった領域の議論を、数十年も先取りしたものと言えます。
1951年名古屋に生まれた鬼頭氏は、元々は生化学を志して東京大学に入学され、自然保護サークルや「公害原論」で有名な宇井純氏の自主講座に参加するなど、科学技術のもたらす環境や社会への影響に深い関心を持たれていました。その後、当時の新興分野「分子生物学」領域で博士課程に進まれたのち、東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論専攻の修士課程に入り直し、生命科学や環境科学の科学史的・科学社会学的研究へと大きく方向転換されました。
大学教員の職に就かれてからは、山口大学にて重点領域研究「環境と文明」の研究プロジェクトに参加され、初期の環境倫理学を科学史、科学社会学的に検討されたのち、青森公立大学にて、白神山地の保護管理を巡って混迷した問題状況に対して社会学的調査を踏まえた理念的な研究を進められました。これらの成果をまとめた『自然保護を問い直す 環境倫理とネットワーク』(ちくま新書、1996)は鬼頭氏の代表的業績の1つであり、人間社会と自然環境の関係を理解するための「社会的リンク論」を提起したことで知られています。
その後、東京農工大学では、生態学や土木工学等の研究者と自然保護や自然再生に関わる学際的なプロジェクトを展開され、恵泉女学園大学を経て、2005年からは東京大学大学院新領域創成科学研究科に拠点を移し、これまでのご研究の到達点とも言える『環境倫理学』(東京大学出版会、2009)を福永真弓氏との共編で出版されました。鬼頭氏は、2011年の福島第一原子力発電所事故においては、被災地において環境正義に基づく調査研究にも従事されています。
以上を通し、鬼頭氏の研究活動を概観すれば、そこには科学技術、人間社会、自然環境の絡み合いを理解するという、太いモチーフが浮かび上がってきます。こうした取り組みは環境領域の諸問題に係る科学技術社会論の基盤として、さらなる発展への重要な貢献と認めることができ、特別賞にふさわしい功績として評価されました。
中原氏は、ジェンダーと科学に関する科学技術社会論の重要な課題の1つ、女性の科学教育をテーマに、教育学の立場から歴史研究を行っています。今回は、20世紀前半の京阪神地域という、経済や産業の面で大きな発展を見せた特定の地域・時期に着目し、こうした産業の中心地で展開された科学・工学分野の女子高等教育の特徴を明らかにするという研究を提案されました。
女子科学教育において地域に着目し、産業界や地域行政といった教育機関以外のアクターが女性の科学教育に与えた影響を分析するという着眼点が興味深く、また、実施計画が驚くほど精緻に準備されており、研究遂行に対して大きな成果が期待されると高く評価されました。史料から京阪神「ならでは」の特徴をどのように明らかにするか、また、現在の問題へとどのように接続しうるかなど、さらに議論を深めていただけることを期待します。
塩野氏は、戦前・戦中期の日本における「体質医学」の展開を歴史的に検討し、体質をめぐる日本の医学知がどのように人々の健康や病気を規定し、また植民地統治や占領行政へと応用されてきたかを明らかにする研究を提案されました。こうした医学知の生成とその社会的文脈を分析することを通し、今日の予防医学にいたる、健康と病気をめぐる知識の歴史の解明を目指すという意欲的な研究です。
テーマの面白さに加え、すでに結核管理に関する研究業績もあり、また本研究に不可欠な史料収集も進められていることから、実行性が高い計画であると高く評価されました。過去に体質医学研究を行なっていた施設が、現在はエピジェネティクスなどを通した疾病予防研究を行なっているなど現代的なつながりを突き止められている点も興味深く、こうした歴史研究を今日の医学知の社会的有り様につなげる議論枠組みについても、ぜひ検討していただけたらと思います。
一方井氏は、専門家と市民が協働して行う市民参加型の研究活動「シチズンサイエンス」の研究を行なってきており、これまでにも生態学、気象学、天文学など多くのプロジェクトに携わっています。今回の提案は、そのうちの1つ「雷雲プロジェクト」を対象に、市民が活動の中で「研究に貢献している」という実感をいつどのように得るのかを明らかにすることで、研究者だけでなく市民が主体的に研究参加できるプロジェクトの設計を目指すというものです。
近年、日本でも研究者主導型のシチズンサイエンスが増加しており、こうしたプロジェクトにおける研究者と市民との認識のずれを知り、市民の参加の有り様を検討することは重要な問題関心であること、また、一方井氏はこれまでに多くの実践的研究を積み重ねており、着実な成果が期待されることが高く評価されました。本研究は1つのプロジェクトを対象に実施されますが、これを契機に、参加のあり方が異なる他のプロジェクトでも同様の調査が行われることを期待します。