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| ホーム | 趣旨・目的 | 柿内賢信記念賞 | 柿内三郎記念賞・柿内三郎奨励研究賞 |
柿内賢信記念賞選考委員会
| 委員長: | 内田 麻理香 |
| 委員: | 神里 達博・呉羽 真・坂田 文彦・水島 希・八代 嘉美・渡部 麻衣子(五十音順) |
2025年度は、10月31日を期限として公募を行い、選考委員会での厳正な審査の結果、次の通り授賞を決定いたしました。
選考委員会による選評など詳細は科学技術社会論学会ホームページをご覧ください。
中島秀⼈⽒(1956 年⽣、東京⼯業⼤学名誉教授)は、科学技術社会論(STS)の⽇本への導⼊、学術的深化、そしてその制度化と普及において、⻑年にわたり中⼼的な役割を果たしてきました。その功績は、以下の三つの観点から⾼く評価されます。
1.科学史アプローチによる科学技術社会論の⽇本への導⼊と学術的貢献
中島⽒は、1980 年代初頭の⼤学院⽣時代にニュートン研究を端緒として科学史・科学論の研究を進め、科学と社会・哲学の関係に切り込む独⾃の学問的⽴場を確⽴しました。博⼠論⽂をもとにした『ロバート・フック──ニュートンに消された男』(朝⽇新聞社、 1996)は第 24 回⼤佛次郎賞を、『⽇本の科学/技術はどこへいくのか』(岩波書店、
2006)は第 28 回サントリー学芸賞を受賞するなど、社会的にも⾼く評価されています。これらの研究は、科学知識の社会学(SSK)の潮流を批判的に踏まえつつ、科学技術史を基盤に科学と社会の関係を探求するものであり、1980 年代後半から 1990 年代初頭にかけて、⾮欧⽶圏としてはきわめて早い段階で STS を⽇本に紹介・定着させました。さらに近年も、『科学者マイケル・ポランニー──暗黙知の次元を超えて』(河出書房新社、2023)を著すなど、科学技術社会論を思想史的視座から再検討する研究を継続しており、現在に
⾄るまで分野の理論的深化に寄与しています。
2.⽇本における STS のネットワーク化への貢献
1988 年に東京⼤学先端科学技術研究センターの助⼿に着任した中島⽒は、当時国際的にも新興であった STS の知⾒を⽇本に導⼊し、⼩林傳司⽒・杉⼭滋郎⽒らとともに、1990 年に STS Network Japan を設⽴しました。シンポジウムや「夏の学校」などを通じて研究
者・実践者の交流を活発化させ、STS という新たな研究領域を社会的に認知させる基盤を築きました。さらに 1998 年には、⽇本で初めての国際的な STS 会議「科学技術と社会に関する国際会議(International Conference on Science, Technology and Society)」を開催し
(組織委員⻑:村上陽⼀郎、実⾏委員⻑:⼩林信⼀、プログラム委員⻑:中島秀⼈)、⽇本 STS 学会(2001 年設⽴)へとつながる流れを⽣み出しました。その後は STS 学会の第 4代会⻑(2009 年〜2013 年)として学会運営に尽⼒し、⽇本における STS コミュニティの拡⼤と持続的発展に⼤きく貢献しました。
3.科学技術社会論の普及への貢献
中島⽒は、学術的研究や学会活動にとどまらず、科学技術社会論の普及と教育にも尽⼒してきました。放送⼤学の教科書や⼯学部向けテキスト、『岩波講座 現代』などの教材執筆を通じて後進育成に寄与するとともに、⼀般読者に向けた著作を通して科学と社会の関係を広く伝えてきました。⼤佛次郎賞、サントリー学芸賞などの受賞作はいずれも専⾨領域を超えて社会に広く読まれ、科学技術社会論の意義を普及させる役割を果たしています。
これらの⻑年にわたる学術的・組織的・普及的貢献により、中島秀⼈⽒は、⽇本における科学技術社会論の形成と発展を牽引した中⼼的⼈物の⼀⼈として位置づけられます。その功績は、学問領域の確⽴と社会的普及の両⾯において顕著であり、柿内賢信記念賞特別賞にふさわしいものとして⾼く評価されました。
「1930〜40 年代に⽇本の⼤学で⼯学を学んだ⼥性たちの実態解明による科学技術社会論への貢献」
多久和理実⽒は、戦前から戦後にかけて⽇本の⼤学で⼯学を学んだ⼥性たちの実態を明らかにし、科学技術とジェンダーの関係史に新たな視点を提⽰しています。⼥性が⼯学部に本科⽣として⼊学できなかった時代に、どのような制度を活⽤して学び、⼤学を離れたのちにどのような道を歩んだのかを、史料調査と親族への聞き取りを通して丁寧に検討しています。
旧制⼤学における委託⽣や聴講⽣、外国学⽣など多様な在籍形態に注⽬し、制度的制約の中で⼥性たちが⼯学を学んだ具体像を明らかにする点に独⾃性があります。また、科学技術社会論学会でオーガナイズド・セッションを重ね、歴史資料の保存・公開をめぐる課題を共有してきた取り組みも意義深いものです。
⼀⽅で、科学史研究をどのように STS 的な問題関⼼へと接続するかには、今後さらに明確な展開が期待されます。地道な史料調査を基盤に、科学技術社会論の新たな展開を切り開く研究として、今後の成果が強く期待されます。
「被災地の社会課題解決に資する科学技術活⽤の実践」
⼩松原康弘⽒は、災害現場での経験をもとに、災害エスノグラフィーの⼿法を⽤いて被災地における科学技術活⽤の実態を調査し、その課題を明らかにしようとする取り組みを続けています。現場の⾏政や地域関係者との対話を重ねながら課題を抽出する姿勢は、実践者として⾼く評価されます。
⼀⽅で、科学技術の導⼊を被災地課題の単純な解決策として捉えるのではなく、技術の活
⽤を妨げる社会的・制度的条件や、現場の制約を含めて検討する視点が求められます。安易な技術的解決を超え、科学技術と社会との関係性をとらえる STS 的視点を取り⼊れることで、本実践はさらに意義を深めるものとなるでしょう。
被災地での経験を通じて、科学技術の可能性と限界の双⽅を⾒据えようとする⼩松原⽒の取り組みは、科学技術社会論の実践として⼤きな意味をもちます。今後の展開に期待が寄せられ、柿内賢信記念賞実践賞にふさわしいものとして評価されました。