財団法人倶進会は、「薫育事業を通じて国家に有用な人材を養成する」こと を目的として、日本の生化学を育てた柿内三郎東京大学教授が退官にあたり、私財を寄付して1943年8月14日に設立した。
初代理事長に就任した柿内三郎 は成長期の子女の教育の重要性を痛感し、心理学、教育学及び医学の各方 面からの幼児教育に関する調査、研究とその成果の普及を目的として活動を 開始した。倶進会は当初、教育の実践、教育学、教育心理学、教育行政学等 の観点から意見を聞くため関係者による講演会を精力的に開催したりして事 業を進めていたが、第二次世界大戦のため一時活動を停止した。戦後は護
国寺の音羽幼稚園を譲り受けて、学校法人として独立させその経営と幼児教育の実践を通して研究を再開したが、残念ながら活動は低迷した。
1967年柿内三郎氏の死去に伴い、東京大学物理学教授であり理事であった長男の柿内賢信(のち国際基督教大学教授)が理事長に就任し、それまで休眠状態であった財団を再建復活させ、時代に即した新しい観点を加味して、1971年8月から活動を再開した。しかし、不幸なことに財団はその事業を支える財政的基盤が安定せず、本来の目的を果たすに十分な活動を展開することができなかった。
1986年理事長の交代があり、理事会は本会の活動の活性化を目指して、問題の解決をはかる努力を更に重ねてきた。その結果、1999年主な基本財産の土地処分により約10億円の新基本金を設置することが出来た。理事会はこれを踏まえて、本財団の目的を現代の社会的要請にも合うように改定し、活動を開始した。
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